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Vol.088 さよならX1/9

X1/9の元となったアウトビアンキ・ラナバウト池田専務率いる池田自動車の100%の善意と好意で生まれ変わった私のX1/9は、どこに出しても恥ずかしくない、それはそれは美しいクルマに生まれ変わった。

 

 

 

 

 

icsunonove03懸念材料だった走りも、紆余曲折あり、やれ面研(シリンダーヘッドを研磨することで圧縮率を上げる作業)やら、ピストン交換やカムシャフトの変更などもその後のプランに上がっていたが、レストア後メキメキと調子を上げるアメリカ仕様のX1/9は、何かの恩返しのように調子を上げており、足回りやマフラー交換といった堅実な改造と、基本に忠実な整備でかなり生き生きと見違えるような走りを手に入れた。

 

 

とにかくその卓越した走りに心の底から惚れ込んだ。

 

走行会だ、旅行だで、ほうぼう遠征もした。

いろんな峠道を走った。

どこのホテルに泊まっても褒められた。
子どもたちが寄ってきた。

なにより、ルーフを外して走るのが本当に楽しかった。巻き込みもなく、音楽を楽しみながら、本当に快適なドライブをさせてくれた。

 

 

自動車の基本的な構造、整備、調整、ありとあらゆる知識はこのクルマから学んだ。また、ミドシップという特殊性、非力なクルマを速く走らせるためのさまざまなコツなど、実にいろんなことを教えてくれた。その後に乗ったフォーミュラーフォードも、難なく限界を引き出すことができたのも、間違いなくX1/9のおかげだ。

 

 

 

icsunonove04しかし、そんな愛車との蜜月関係は2年ともたなかった。

ある深夜、高速道路を流していた私は、右から合流してくる超大型クレーン車をその視野に入れていた。

しばらくすると合流に至るわけだが、わたしは左車線によけつつ右車線をそのクレーンに譲った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、何を考えたか、はたまたこちらが全く見えなかったのか、クレーン車は二車線をまたぎ、左車線に飛び込み、そのまま停止するという意味不明な行為に出たのだ。

 

 

私のX1/9はいとも簡単に破壊された。
クルマは文字通り大破、私も骨折まで負う始末だが、意識朦朧としている私を見捨てて、一旦はクレーン車を降りた運転手は、呆然としばし立ち尽くした後、その場を去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

当て逃げである。頭から流血したたる中、私はその犯人を追ってくれと警察に頼んだが後の祭りだった。

 

 

 

 

 

 

「それより、あんた、よくこんな事故で生きていたな」

 

 

 

そう驚かれた。池田自動車になおしてもらった部分すべてを破壊されつつも、コクピット周りはすべて無事。無くなったと思った足も無事についていた。
そう、X1/9は私の命を救ってくれたのだ。

その後自動車業界に身をおくことになり、多くのミドシップに乗ったが、いまだにX1/9のもつ高いバランス性を超えてくれるクルマはないと思う。 速いだけではない、軽いだけではない。楽しく、手軽で、便利で、何よりカッコいいクルマだった。

 

 

 

 

 

icsunonove24マルチェロ・ガンディーニとジャンパオロ・ダラーラという稀代の天才が手がけた、ヌッチオ・ベルトーネ言うところの「スモール・ミウラ」がX1/9だ。このクルマに巡り会えたことをまさに誇りに思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
ここでも再三写真を登場させたX1/9ダラーラは、実はいまもイタリアの草レースの無敵車両のうちの一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリア語発音で「イクスウノノーベ」

なんとも長ったらしい名前だが、あの時代において「コードネーム」的な存在として非常に魅力的であった。

また乗りたい。そう思える数少ないクルマの一つであることは間違いない。たぶん乗ると思う。

ともかく、同一ネタによる長らくのお付き合い誠にありがとうございました。

 

 

それではまた近々

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.087 地獄に仏はいた

icsunonove18はじめてのクルマ。
はじめてのイタ車。
確かに、他ならぬ思い入れもあった。もはやいろんな思い出だってある。
だけど、せっかくのカッコイイ車をこのままぶざまな姿で乗りたくない…。

 

そして悩み抜いた挙句、清水の舞台から飛び降りる決心のついた若者に待ち受けていたのが、あまりに残酷な死刑宣告ともいえる冷たいお言葉の数々。
まるで一縷の望みをかけて飛び込んだ病院で、ブラックジャック先生に「治してやるが、5,000万円だ!」って言われた気分である。

 

 

 

 

 

いち日のうちに度重なった、泣きっ面にハチともいえる災難の数々。
閉まらないドアを運転する恐怖を皆さんは御存知だろうか?
シートベルトでドアを縛りながら運転する不安さを果たしてご想像いただけるだろうか?

 

 

icsunonove21人間追い詰められると、なんでもするんだなあと思ったのはこの時だ。
グラスボートよろしく、自分のお尻の下までオープンカーになった愛車。走りながらバタバタと突然開こうとするドア。

 

文字通りビビりながら走っている帰路で、目に入ってきたのは整備工場隣接型の国産車のディーラーだった。忙しそうに作業服の工員さんが作業をしている。気のせいか塗装ブースがやけに目立つ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと目があったんだろう、彼らと。たぶん。美化されていると思うが、私はそのままハンドルを切り、その工場に突入した。

 

 

 

あまりの惨状のX1/9は、瞬く間に工員に囲まれた。するとそこの責任者である専務さんがでてきて、

開口一番「少年どうした!」と。
嘆願するような顔だったんでしょうね。これまでの経緯を説明した。

こんなクルマ捨てちまえ!(そこまでは言われてない)とか、いくら金を積まれてもやらん!とか言われたと泣き言とも告げ口ともとれるような話をした。
その間、板金工のおじいさんたちが、閉まらなくなったドアや、腐りきってるフロント周りを見て腕を組んでなにやら相談している…。

 

 

 

 

 

 

 

そんな光景を横目で不安に思っていた私の口から出た言葉がこうだ。

「すみません、お金ないんスけど、このクルマ全塗装してくれませんか?」

「いくらあるんだ?」

「20万くらいで…。できれば。あ、バイトしますんで、もうちょっとは出せるかと…。」

 

 

 

 

 

 

しばし私を見つめつつ、工員さんたちに何かを指示していた。

「…。ちょっとよく見てみるから、まずは中で麦茶でも飲んで待っててくれ。」

今じゃ懐かしい国産車のディーラーで、お茶を飲んで待つこと30分ほど。

すると、専務さんがこう言った。

 

 

 

 

「あんた、このクルマのことが本当に好きなんだな。気は心だ。とにかく、ひきうけてやろうじゃねえか。とにかくできるところまでやってやるよ。」

 

 

 

 

icsunonove14かくして、天然マットブラックのX1/9は、当時のBMWの純正色「ヘンナレッド」(やや朱色がかった赤)に生まれ変わり、街の視線を集めるまでに至った。(もちろん大げさ)

 

 

 

 

 

いま思い出しても泣きそうになる。ありがとう池田自動車!ありがとう池田専務!

 

それではまた近々!

 

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.086 訳ありのクルマ

icsunonove15そんなにX1/9で引っ張って良いのか?と思いながらも、せっかくなので続けたい。

前号ではかつてのイタ車アルアルである、塗装を剥がしてみると鉄がなかったというところまでお話した。

 

 

 

そう。フロントのかなりの部分が腐っており、事実上パテ(充填剤)のみで形成されていたのだ。まあ、購入価格を考えれば仕方ないと自分を慰めつつも、間違いなくその事実に直面した日からというもの、いろんなことが手につかなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いっそ、プロに頼んでレストアするか…。

 

 

 

 

当時多くの欧州車のレストアで有名だった板金屋さんがあったので、そこにまずはあたってみた。すると。

 

 

 

 

 

 

icsunonove19

写真と本文は関係ありません

「お、ワンナインね…。どーしたの?」
「いやー、かくかくしかじか…。」

「…。知ってるよね?水没車。」
「へ? なんすか? 僕のは水没してませんよ…。たぶん…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいや、ちょうどこのクルマくらいの年代のでアメリカで水没したとかいうのが多数日本に持ち込まれて流通したんだよね…。(結論としてはウチのX1/9は水没車ではなかったが)

などと、出会い頭の一発を喰らいつつも気を取り直して、ざっと状態を診てもらうと、これまた意外なお言葉が帰ってきた。

 

 

 

「おにーちゃん。悪いことはいわねえ。このクルマ諦めな! いくらもらっても仕事はやってやれねえ。悪いな!その金でしっかりしたボディのクルマ買い直したほうが早いぜ!」

文字通りガーン!である。

聞けば直せないほど腐っているというのだ。フロントだけでなく、フロアからなにから、しっかりと腐っていると。

 

 

 

 

 

 

icsunonove17あまりのショックに呆然としたのを今でも覚えているが、ホイールだのなんだのと結構な投資もしていたので、どうにかしたい一心だったので、帰りの道中、いろんなお店でX1/9を物色してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それを聞いていたのか、不思議な事が立て続けに起こったのだ。
まず、その道中何かがフロア下にぶつかり、こぶし大くらいの風穴が空いた。

泣きそうになり踏切で突然のエンスト。いつもなら誰もが無視するのに、周りからヒトが集まり、押してくれるという。ハンドルを握りつつ踏切を越えると、今度は低く突き出た杭にドアがぶち当たり、閉まらなくなった…。

 

 

 

 

 

「まあ、これでいいんすよ。僕、捨てられるんスよね…。」

その時黒いX1/9がそう言っているように思えて仕方なかった…。

 

つづく

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.085 ボディは鉄だったはず…。

icsunonove02自分はなぜイタリア車に乗っているのか?

ポルシェに乗る友人に引け目を感じたことも、スカイラインGTRがすごいと思ったことも、蛇のマークの赤い車が羨ましいと思ったことなど一度もない。じつに哲学的な理由から、もう一度なぜX1/9に乗っているのかを考え直すきっかけがあった。

 

大事にメンテをして、納車のころからすると比較にならないほど調子よく、軽快に走ってくれるX1/9を洗車しているときにふと思ったのだ。

「塗装が良ければコイツはどんだけカッコイイのだろう…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

icsunonove04本国にはLidoなるオシャレなスペシャルバージョンがある…。
初期型に戻す改造がイカしている…。
よく見ればやっぱりニキのX1/9は初期型じゃないか…。
菊池武夫がFIATのカタログで褒めてるじゃん(粗い情報)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこそこ遊んでいた私は、そんなイタリア車が小汚いままというのが、許せなくなっていた。ワーゲンやらアメリカンな感じのクルマならともかく、やはり小洒落たイタ車が見た目が汚いのはいただけない…。

 

 

 

 

なによりそのまま乗っているとむしろベルトーネの人たちに失礼だ!
そう思った私は、機関の整備よろしく、すぐさま一念発起で自分で塗装を試みることにした。元色は黒だし楽勝(とことん無学〜実際は黒が最も塗装が難しい)だろう…。と思い、ソレナリの投資をして塗料やパテ、工具などを買い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

icsunonove13気持ちを後戻りさせないためにも、当時のX1/9のオシャレ第一歩として常識だった、クロモドラ社のマグネシウムホイールCD30も購入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな儀式も終え、ついに塗装を剥がす段になった。とにかく、初めてヤスリをかけるときがあれほど緊張するものかと今でも思い出される。
慣れるとゴシゴシと調子も出てくるのだが、どうにも様子が変だ。

なかなか鉄が出てこないのだ。
やたらグレーのパテが多いなと思ったら、フロントのエンブレム周りがすっかり腐って鉄自体が存在していなかったのだ…。

嫌な予感しかしない時というのは、実にいろんなことを瞬時に考えることができる。

こいつ、腐ってないか?

 

初めての愛車が文字通り色あせて見えた瞬間だった…。

 

つづく。

 

A prestissimo!!

 

Vol.084 いじる楽しみを知る

icsunonove01買う前に勉強すべきだったのだろうが、購入前に少しだけ引っかかっていた「ニキのX1/9との違い」について真剣に考えるようになってきていた。もちろんハンドリングはピカイチだったのだが、いくら1500のシングルカムとはいえ、実にトロかった。とにかく遅かった。最高速こそ、じっくり待てばそれなりの速度が出たが、スポーツカー然としたその姿からはまったくもって期待はずれの俊足ぶりだった。

CGをはじめいろんな本を読んでも、まあ、そんなに悪いことは書かれていないX1/9がヨーロッパ仕様と日本に入っていた北米仕様では見た目もエンジン性能も全く違うということに、ほどなく気づいたのだ。少なくともわたしの美的センスには初期の1300の方がかっこよく見えたし、10%も排気量が少ないのに、欧州仕様のオリジナルが馬力が上ってどういうこと?と疑問をもつようになった。

 

 

そう、私のエックスワンナインは、いよいよ「チューンアップ」の世界に足を踏み入れることになるだった。

 

当時、現行品で買えたイタ車は、フェラーリなら328。テスタロッサ。マセラティは大ブームになったビトゥルボシリーズ。アルファ・ロメオはスパイダーと75。ランチアはデルタ・プリズマ&テーマ。フィアットはウーノにリトモアバルト130TC。そして大人気のアウトビアンキA112アバルトなどであった。

 

 

 

icsunonove09そんなクルマたちが新車中古と売っている場所では、まだまだX1/9の純正エアクリーナーくらいは買うことができたので、はじめて足を運んだときのことだった。

「X1/9の1500のエアクリーナーエレメントくださいなー」

 

 

「はいはい、あー、純正なんだ…。」

 

 

 

icsunonove12ちょっとカチンと来た。目に入ったのは店内にある変なお弁当箱のようなエアクリーナー。どうにもわざとらしいサソリのマークが入っている。

 

 

 

その時はじめて、エアポンプやEGR関連のパーツをはずし、ゆくゆくはキャブやカムシャフトやピストンを換えれば、エックスワンナインも結構走るよという情報を掴んだのだった。当時はネットもない。そう簡単にマイナー車種の改造情報などは手に入らない。そんな時代だ。週末に「諸先輩方が集まる場所」ではまさに目からウロコが落ちた。

 

 

 

 

 

そこからは、とにかく四方手をつくしてチューンに詳しいショップを探し、通うようにした。バイトもした。

 

 

 

それにあわせるように、クルマも私に試練を与えてくれた。

ガソリンタンクに砂が入るとフィルターがつまり、キャブにガソリンが行かないとか、砂がキャブのジェットに詰まって具合が悪くなるとか、ショックが抜けるとあーだこーだ、キャブの口径を大きくしたって、他がそれに応じていなければまったく金の無駄だとか、良い工具じゃないと重整備で大怪我をするとか…。

とにかく、いろんなことを学んだ。
遅い車を早くするためにいろんな学術書や技術関連の本を読み、ショップに出向きメカのオッサンに怒られ、お金持ちのオーナーさんから色んな情報や聞いたり学んだりした。殆どの整備を自分でこなせるようにはなっていた。

しかし、楽しい時間あっという間だ。次なる試練が私を襲う…。

 

つづく

 

A prestissimo!!

Vol.083 FIAT X1/9

icsunonove06イタリア車っぽくない黒く、それもいまでこそ当たり前なマットブラック塗装(もちろんクリアが飛んでしまい、表面はガサガサになっていただけの天然マットブラックだ)のイカしたシャープなデザインのエックスワンナインはかくしてマイ・ファーストカーとなった。(写真は当時まだ新車で手に入ったベルトーネ名義のX1/9)

 

 

 

 

1170mmと世界屈指の低車高。ウエッジシェイプの直線的なデザイン。
3969mmの全長に1570mmというスリムな車幅。

 
icsunonove10つまり小さいクルマだ。ツーシーターだから当然だろうが、それにしても小さいクルマだった。ダンプトラックの隣にいくと、それこそ下をくぐれそうな勢いの小ささだったが、ミドエンジンのために空いたフロントには巨大なトランクスペースがあり、その後の故障対策のための様々な部品や工具が難なく収まった。さらに、エンジン後方にも小旅行用のボストンバッグくらいなら難なく入るトランクがあったのだ。

 

 

 

 

icsunonove23ご存じの方も多いと思うが、X1/9はタルガトップ。10キロあったかというくらいの重さのルーフがレバー2つで簡単に外すことができ、それを巧みにフロントボンネットの下に入れることができた。しかもトランクスペースを全く減らすことなくにだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生の私は、とにかくこのクルマであらゆるところに出かけた。

それこそ夜の街から、学校、スキー板を積んで山に出かけたり、海や釣りやと、大活躍してくれた。

 

 

 

 

私の1980年型は、後に知ったことだが、アメリカの衝突基準をクリアするための通称「5マイルバンパー」が装着されており、さらに排ガス規制をクリアするためのまったく効いているのか効いていないのか不明な補機類が山ほど追加されており、小柄でシャープな姿からは想像もつかないほど、実に落ち着いた、鈍重な運動性能を誇っていた。

 

 

 

 

 

一通りの車の構造は小さい頃から把握していたが、自分の車としてイジることができたのはこの車からで、メンテからトラブル対応までありとあらゆることをやった。
その中である時エアクリーナーを交換する時期が近づき、出向いたとあるショップから以後の泥沼が始まったのだった…。

 

つづく

 

 

A prestissimo!!

 

Vol.082 はじめてのクルマ

icsunonove00あまりにもバブリーなクルマの話ばかりなので、一度は原点に戻ってみようと思う。
実に恥ずかしながらわたしの最初のクルマについて書きたいと思う。

 

 

イタリアに移住するほどのカブレ野郎なので、これまで自分で購入したクルマでイタリア車を絶やしたことはない。それだけは自慢だ。というかバカだ。きっと。

 

 

 

さて、はじめて購入したクルマとは。
ニキ・ラウダが広告に出ているこのクルマ、大好きなベルトーネのマークの入ったクルマ。マルチェロ・ガンディーニのデザインしたクルマ。なによりイタリアのミッドシップというキラーワード。
そしてこのクルマがあったから後にイタリアにまで足を運ぶはめになった。
そのすべてのはじまりがフィアットX1/9だった。

 

 

 

 

 

 

icsunonove03プアマンズフェラーリだとか、水没車が出回ってるとか、いろんなことが囁かれた典型的な怪しい「イタ車」。
バブル真っ只中だとはいえ、若者が乗っているとご近所にいぶかしげられるその出で立ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、80年代の若者としてはこのクルマを買わないわけにはいかなかった。

はじめてこのクルマに出会ったのは、都内の今はもう消滅しているイタ車のディーラーだ。忘れもしない、1980年型の並行輸入車だ。今から考えると、輸入されてから10年もたたないような年数で、よくぞあそこまでボロくなったなと思うほど、今の中古車市場ではとんと見かけないような塗装のヤレが目立ったクルマだった。

 

 

 

 

学生の間にディノかストラトスを買おうと心に決めていた私は、なにはともあれミドシップに慣れるためにこのクルマからイタリア車の冥府魔道に入門することにしていた。
(当時ディノもストラトスも500万でお釣りが来た。前号のオークションの価格を当時のジブンに見せてやりたい。)それこそスーパーカーブームの頃、カウンタックやミウラやBBなどのクルマの一つ下のライン(いや、2つ3つは違うか?)、を無意識のうちに入門車と決めていたのかもしれない。

 

 

icsunonove16どこで買おうかとか、どうやって買おうかとか、一体当時何を考えていたのかは全く覚えていない。とにかく、自分の知っているニキ・ラウダが広告をしていたモデルと何となく様子が違うのだが、そんなことはこだわっていなかった。1300ccが1500になって4速が5速になったんだから、悪いはずがないと当時は思っていた。
とにかく、初めてのクルマである。その出会いは鮮烈で、いまだに試乗ではじめの交差点でハンドルを切り曲がったときのことを忘れることができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後ジドウシャの仕事をして、数多のクルマを乗り継いできたが、未だ持ってあの感動に勝るものはない。まさしく「クルマはお尻で回れ」といわんばかりの回頭性。他のどのクルマとも違うそのハンドリングに一発でヤラれた。

 

かくしてロクに状態も確認せず49万円で購入したX1/9との暮らしがこの日はじまったのだ…。

 

つづく

 

 

Vol.081 夏のオークション

Unknown夏休みも終盤、お盆も過ぎ…。と言う割にはおかしな天気が続く日本。
みなさまいかがお過ごしでしょうか?

世界的に夏休みな感じなのですが、海の向こうアメリカはフロリダのモントレーで、高級車でおなじみRMサザビーズのオークションが開かれます。

 

 

 

 

 

 

ferrari-70-anniversary-laferrari-125S-aperta-news_jp今年はフェラーリが70周年なので、それにあわせた「便乗」取引が各所でみられますが、これは間違いなく今年のイベントになるでしょう。ちなみに以下のフェラーリたちは「いち個人」のコレクションからの放出だというのだ。

 

 

 

 

 

 
<価格はUSドル>

1961 250GT SWB berlinetta 予想価格8,500,000-10,000,000
1967 275GTB/4 Scaglietti 予想価格2,750,000-3,250,000
1969 DINO 206GT 予想価格650,000-750,000
1976 308GTB (ファイバーボディ/ドライサンプ版) 予想価格175,000-225,000
1984 512BBi 予想価格275,000-325,000
1989 328GTS 予想価格90,000-120,000
1991 F40 予想価格1,300,000-1,500,000
2004 360 Challenge Stradale 予想価格275,000-325,000
2005 575 Superamerica 予想価格375,000-450,000
2009 16M Scuderia Spider 予想価格350,000-400,000
2009 430 Scuderia 予想価格250,000-300,000
2011 599 GTO 予想価格700,000-800,000

 

 

 

 

 

 

(Image Source: 1968 Ferrari Dino 206 GT (rmsothebys.com)

(Image Source: 1968 Ferrari Dino 206 GT (rmsothebys.com)

まあ、全て売れた場合、安く見積もっても17億2590万円というビッグディール。他にもまだまだたくさん名車があるわけだから、いったいサザビーズはこのオークションだけでいくら儲かるのか、気になって仕方がない。

では、せっかくなので、ご興味のある方は納涼がてらこちらのオンラインカタログでもご覧ください。

あまりの価格とゴージャスさに、うっとり気分を通り越して背筋が寒くなってきます。

http://www.rmsothebys.com/digitalcatalogs/2017/MO17/

今回はこのへんで…。

それではまた近々

A prestissimo!!

Vol.080 スティーブ・マックイーン

banner昨年2016年に日本でも公開された「スティーブ・マックィーン その男とル・マン」というドキュメンタリー映画をご覧になったことがあるだろうか?

原題もそのまま「Steve McQueen the man & Le Mans」なのだが、言わずと知れたレース映画の金字塔「栄光のル・マン」の製作背景についてのフィルムだ。

年代的にリアルタイムで「栄光のル・マン」を劇場で見られてはいないのだが、レース好きの「男の子」には余りあるロマンと男臭さの塊のような映画だった。

 

 

 

 

 

 

 

GettyImages-180484892-626x496しかしながら、情報としては知っていたマックイーンの「レース好き」が、この映画を見ることで、どれほどのものだったかがよくわかる。
そして圧巻なのは、カメラカーの仕組みや、撮影の裏話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

mcqueen以前にもこのコーナーで触れたことがあるが、彼はここ数年の欧州における(もちろん米国でもそうだが)ファッションアイコンであり、彼の映画に出てくるスタイルやふだんの服装などにさまざまな発見がある。

理屈抜きでカッコイイ男である。

 

 

 

 

 

 

この映画、特にオフのマックイーンが多数出てくるので、やはりそれだけでも見る価値があるかとは思う。しかし、一番の見どころはやはりメイキングの部分であり、撮影の背景や、出演した実際のレーサーたちの話など「あー、そうだったのか!」というようなシーンが多数ある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どういう意図で作られたのかはもちろんのこと、貴重なインタビューや編集とあわせて「栄光のル・マン」を知っている人も知らない人も楽しめる作品だといえるので、まだご覧になっていない方には是非おすすめしたい。

 

 

 

 

 

それではまた近々。

 

 

A prestissimo!!

Vol.079 ミラノがそんなにいいのか?

DuomoMilano日本人にとってのイタリアを代表する都市はローマだろうと思っていたが、実は結構若い人たちには(どこまでを若いというのは微妙だが、少なくとも40代くらいまでは)ミラノこそがナンバーワンらしい。

 

 

 

 

 

さまざまな意見があるだろうが、個人的にはミラノをパリ・ミラノとか同列に語っちゃったりするが、それってどうなの?というのが本音である。

 

 

 

 

 

tempobruttoというのも、ミラノという街はイタリアではさほど人気のある街ではないのは、意外と知られていない事実だったりする。

ロンバルディア州、イタリアの長靴列島の脚の付け根部分とでもいおうか、ともかくスイスと国境を面したかなりの北の都市である。ローマが政治の中心なら、ミラノは経済(金融)の中心地であり、工業も盛んだったため戦争の爪痕も多く、古都多きイタリアにあって、割合新しい建物が多い都市でもある。
いうなれば中途半端な都会なのだ。また、アルプスが近いということもあり天候も不順なことが多い。

 

 

 

 

 

 

もちろん、日本でいうところの「イタリア人」的なお洒落な人が集まる地域もあり、ミラノサローネやファッションウィークがあるので垢抜け感はあるが、ビジネスバリバリの比較的お金持ちが多いとはいえ、本当のイタリアの金持ちは美しい場所にいるので、ものすごくお洒落な人というのはそんなにたくさんいるわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IMG_0140あんまり言うとミラノ在住の人に怒られちゃうので最初に断っておくが、ミラノに別段恨みはない。それどころか友達も多いし、仕事でよく行く町だ。

ここで言いたいのは、観光で楽しいという街ではないということと、グルメも大したことがない(つまり買い物メイン)ということだ。ちなみにイタリア本国のグルメ本では、人口集中地域の中ではロンバルディア州のページが最も少なかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都会としての機能、つまりお金を出せばソレナリのことはちゃんとできる場所だが、そもそもの土地が持っている力は他が秀でているイタリアにおいてはやや見劣りするということなのだ。

 

でも、なぜか日本人はベネチアやフィレンツェを半日程度にしてまでミラノに訪れる。もしミラノとローマの滞在時間が同じようなパックを目にしたら、それは避けていただきたい。せっかくイタリアに行くなら、多少は不便でもそこでしか見られない古都や地方の物産、そして美しい景色を存分に楽しんで欲しい。

あくまで個人の感想ですよ!「個人の感想」(これさえ言っておけば日本ではOK?)

 

 

 

 

それではまた近々

A Prestissimo!!

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