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Vol.090 FIAT127を知っているか?

timthumb.php1971年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーを獲得した、近代ミニFFファミリーカーの元祖の一つ!

そんな大げさな紹介ができるクルマであり、90年代初頭まではうなるほどイタリアの街角を埋め尽くしていた国民車である。

日本でもシビックの復活が話題となっているが、まさにそういった位置づけのクルマだった。実は以前にもこのコーナーで127には触れているのだが、こうしたちょっと古いものブーム的な流れの中で巻き起こった「127復活論」についてだったので、今回はその魅力について少々。

 

 

 

 

 

 

そもそも、127なんて知らないし見たことないし、買えないし…。なんてお声が聞こえてくるでしょうが、まあ、そういわずにお付き合いください。

 

fiat-127-2専門的、歴史的な話はwikipediaなどを参照するまでもなくネットに転がっているので、あくまでオーナーとしての話と、今イタリアでどうなっているか? 物理的にまだ手に入るのかなどについてお話したい。

 

 

 

 

他にも紹介したいクルマがあるのだが、まずはこういったベーシックで今の時代にもマッチするような車両からはじめたい。

 

 

 

 

IMG_3467日本でもおなじみの(といっても随分レアなクルマになっちゃったが)アウトビアンキA112がベースとなり、基本構造を踏襲するクルマ…。とはいえ、実際に乗っていた感触としては、ワイドトレッド、ロングホイールベース、そによりルーミーだし、A112が二人+アルファのクルマだとすると、127は完璧なファミリーカーだといえる。トランクもしっかりあるし、何より室内が広い。後部座席には大人二人がキチンと乗れる。

 

 

 

 

 

 

 

FIAT-127-2385_13穏やかな表情からは想像できないほどバランスの良いハンドリングとシャシー性能で、かなりの走りが可能である。絶対的に小さいA112のほうがキビキビ感は上だが、総合的な走りとしては127の方が上であることは断言できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに80年代頭に日本に正規輸入された127はS、つまりスポルトというモデルで、A112アバルト(70HPの高性能版)の人気にあわせて同出力の70HPエンジン(ただしブラジル製)を搭載したものだったが、英国仕様の右ハンドルのお陰でかなりトリッキーなモデルになってしまっていた。(こちらも所有したことがあるが、もう日本じゃ絶滅したんじゃないだろうか?もしまだお持ちの方がいらっしゃったらお教えいただきたい!)

 

 

 

black6046681396946254-0c4474878d今では死語(?)のホットハッチとして無理やり紹介されていた日本デビューだが、それは正直、女優志望の子が無理やり事務所の都合でアイドルとして売り出されてしまったようなものだった。

 

 

 

 

これはこれで実はなかなか味わいの深いエンジンで、乗りごたえのあるクルマだったが、その後入手した本国仕様の左ハンドルとは比べるべくもないほど右ハンドル版はバランスが悪かった…。

 

 

ともかく、127は非常にバランスの取れた、実にモダンなファミリーカーだったのだ…。(つづく)

 

 

 

A prestissimo!!

 

Vol.089 イタリアのいないW杯

corriere del sport

corriere del sport

ショックである。
何がって、そりゃサッカーW杯にイタリアが出ないことがである。

 

 

日本人だし、イタリアの血も入っていないが、4年に一回、ギャーギャー騒ぐネタになるW杯。実のところ阪神ファン同様(失礼があったら申し訳ない)、ちょっとダメなところを自虐的に責めたりするのも楽しみのW杯。

期待していないとか言いながら、その実横目で試合経過を気にするW杯。

PK戦になると、本当に怖くて見られなくなる人が続出するほど、内心は気になって仕方がないW杯。

そんなイベントからイタリアが消えた。来年のW杯で彼らを見ることもできなければ、こうしたソワソワも味わえない。

残念すぎる。

 

2006年のドイツ大会以来、世代交代がうたわれて久しくも、 結果的には軸となるような若手もいない状態が10年以上続いた。

 

それでも相変わらずの勝負強さで、実力以上ともいえる結果を残し続けてきたので、今回もいつものように「予選は予選」としてのらりくらりとやってくるものだと安心していたのだが…。

 

 

 

FIGC

FIGC

なんとなく思い当たるフシは他にもある。FIGC(イタリアサッカー協会)の会長カルロ・タヴェッキオ氏の黒い噂である。

 

 

 

 

 

 

 

人種差別発言や過去の有罪判決など、いわゆる「めんどくさいおっさん」であり、14年の就任以降もどす黒い話が多かった。何より、金の匂いが立ち込める感じと、本国プロリーグ「セリエA」の人気低下にも一役買っていた。

 

 

いずれにせよ、こうしたショック(1958年以来60年ぶりの不出場だそうだ)をキッカケにしてまた強いイタリアを見せて欲しい。

 

 

 

それではまた近々。

 

 

 

A prestissimo!!

 

 

 

 

 

 

 

Vol.092 日本の知らない移民問題

 

出典 https://www.infogaetan.it

出典
https://www.infogaetan.it

欧州が難民・移民問題に揺れている。

シリアをはじめとするさまざまな要因で発生した戦災難民。これはこれで誠に不憫極まりない話なのだが、イタリアではちょっとした問題が発生している。

「なりすまし難民」

 

 

不景気真っ只中の欧州になだれ込む感覚がまったく理解できないが、それでも藁にもすがる思いでギリシャやイタリアに難民たちが押し寄せる。

彼らは国際法にもとづき保護され、各国で住居や安寧な生活を一時的ではあるが保障されている。

 

 

しかし、イタリアで見聞きするおかしな光景がある。

とても身なりの良いアフリカ系の若者たち。イタリア語はしゃべらない。しゃべれない。かつてはティッシュや花、生活小物を売り歩いていた、およそ怪しげな彼らとは程遠い、大変豊かな感じのする若者たち。日がな広場で仲間と集い、スマホ片手にのんびり飲み食いしながら過ごす。そんな彼らは難民だという。(本人たちに「あんたは難民なのか?」と聞いたわけでないので確証はないが、近所に住む知り合いからはそう聞いている)

都市部のそばの住宅地には彼らを保護する施設がある。もちろん無料だ。それどころか月間300ユーロほどの支給も受けている。ちなみにWifi完備だ。

 

 

水道工事で一次避難所(実は普通のマンション)を訪れた友人が、自分たちよりもいい感じの暮らしをしていることに驚いていた。聞けば、一部にはまったく戦災とは関係のない国からどさくさに紛れてイタリアへ潜入しているものも多いという。

 

トランプ大統領のは発言が記憶に新しいが、ここイタリアでも大きな問題として日々の生活の中で議論がなされている。その内容はとても公の場ではできないものが多い。

 

イタリアだけではない、ギリシャもドイツも、陸続きの国々はどこもこの問題に頭を悩ませている。ただでさえ不景気が続く中、我々が想像する以上に彼らの経済と人心を揺さぶっている。

 

 

何が悪いとか、こうすれば良いとかはこの場所で言うつもりはないが、やはり人道保護を悪用する不届き者には、天罰がくだればいいと思う。

ちなみに私はちゃんと正規の移民としてイタリアに税金を納めているので、これくらいは言う資格があるだろう。

 

それではまた近々

 

 

A prestissimo!!

筆者は移民経験があるから言うのだが、

Vol.091 落ち着いた?いやまだ? 旧車の相場欧州編

IMG_0869引き続き高値が続いているビンテージカー相場だが、ここに来て、やや沈静化の傾向がみられるようだ。

つい先日、バティスタ・ピニンファリーナのためにワンオフで製作されたフェラーリ275gtbが八億ちょいでオークションで落札された。

三、四年前なら倍くらいはいったのかもしれないなんて言われているが、50年前の中古車が億だなんて、普通に考えればすごいことだ。もはや量産品(これはワンオフだが)としてはありえない価格に突入し、アートの領域にさえ入ってきている。

 

IMG_0832現在の兆候としては、すでに誰もが知っているような有名なクルマは誰かの手に収まり、ここ数年は長期在庫もしくは、オーナーの逝去からの相続というパターンが増えている。あと、レースカーも多く取引されているのが興味深い。

 

 

 

 

実際、クルマに興味のない子孫が受け継ぐよりは、こうした形で現金化されたり、しっかりと愛情を注いでくれる人(お金を注ぐ人?)の元に行ってくれたほうが長い目で見たときにはいいことかもしれない。

 

IMG_0885なにはともあれ、きれいな車を沢山見られるのはやっぱり楽しい。まさに高嶺の花だけど、やっぱりワクワクするからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それではまた近々

 

 

A prestissimo!!

Vol.088 さよならX1/9

X1/9の元となったアウトビアンキ・ラナバウト池田専務率いる池田自動車の100%の善意と好意で生まれ変わった私のX1/9は、どこに出しても恥ずかしくない、それはそれは美しいクルマに生まれ変わった。

 

 

 

 

 

icsunonove03懸念材料だった走りも、紆余曲折あり、やれ面研(シリンダーヘッドを研磨することで圧縮率を上げる作業)やら、ピストン交換やカムシャフトの変更などもその後のプランに上がっていたが、レストア後メキメキと調子を上げるアメリカ仕様のX1/9は、何かの恩返しのように調子を上げており、足回りやマフラー交換といった堅実な改造と、基本に忠実な整備でかなり生き生きと見違えるような走りを手に入れた。

 

 

とにかくその卓越した走りに心の底から惚れ込んだ。

 

走行会だ、旅行だで、ほうぼう遠征もした。

いろんな峠道を走った。

どこのホテルに泊まっても褒められた。
子どもたちが寄ってきた。

なにより、ルーフを外して走るのが本当に楽しかった。巻き込みもなく、音楽を楽しみながら、本当に快適なドライブをさせてくれた。

 

 

自動車の基本的な構造、整備、調整、ありとあらゆる知識はこのクルマから学んだ。また、ミドシップという特殊性、非力なクルマを速く走らせるためのさまざまなコツなど、実にいろんなことを教えてくれた。その後に乗ったフォーミュラーフォードも、難なく限界を引き出すことができたのも、間違いなくX1/9のおかげだ。

 

 

 

icsunonove04しかし、そんな愛車との蜜月関係は2年ともたなかった。

ある深夜、高速道路を流していた私は、右から合流してくる超大型クレーン車をその視野に入れていた。

しばらくすると合流に至るわけだが、わたしは左車線によけつつ右車線をそのクレーンに譲った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、何を考えたか、はたまたこちらが全く見えなかったのか、クレーン車は二車線をまたぎ、左車線に飛び込み、そのまま停止するという意味不明な行為に出たのだ。

 

 

私のX1/9はいとも簡単に破壊された。
クルマは文字通り大破、私も骨折まで負う始末だが、意識朦朧としている私を見捨てて、一旦はクレーン車を降りた運転手は、呆然としばし立ち尽くした後、その場を去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

当て逃げである。頭から流血したたる中、私はその犯人を追ってくれと警察に頼んだが後の祭りだった。

 

 

 

 

 

 

「それより、あんた、よくこんな事故で生きていたな」

 

 

 

そう驚かれた。池田自動車になおしてもらった部分すべてを破壊されつつも、コクピット周りはすべて無事。無くなったと思った足も無事についていた。
そう、X1/9は私の命を救ってくれたのだ。

その後自動車業界に身をおくことになり、多くのミドシップに乗ったが、いまだにX1/9のもつ高いバランス性を超えてくれるクルマはないと思う。 速いだけではない、軽いだけではない。楽しく、手軽で、便利で、何よりカッコいいクルマだった。

 

 

 

 

 

icsunonove24マルチェロ・ガンディーニとジャンパオロ・ダラーラという稀代の天才が手がけた、ヌッチオ・ベルトーネ言うところの「スモール・ミウラ」がX1/9だ。このクルマに巡り会えたことをまさに誇りに思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
ここでも再三写真を登場させたX1/9ダラーラは、実はいまもイタリアの草レースの無敵車両のうちの一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリア語発音で「イクスウノノーベ」

なんとも長ったらしい名前だが、あの時代において「コードネーム」的な存在として非常に魅力的であった。

また乗りたい。そう思える数少ないクルマの一つであることは間違いない。たぶん乗ると思う。

ともかく、同一ネタによる長らくのお付き合い誠にありがとうございました。

 

 

それではまた近々

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.087 地獄に仏はいた

icsunonove18はじめてのクルマ。
はじめてのイタ車。
確かに、他ならぬ思い入れもあった。もはやいろんな思い出だってある。
だけど、せっかくのカッコイイ車をこのままぶざまな姿で乗りたくない…。

 

そして悩み抜いた挙句、清水の舞台から飛び降りる決心のついた若者に待ち受けていたのが、あまりに残酷な死刑宣告ともいえる冷たいお言葉の数々。
まるで一縷の望みをかけて飛び込んだ病院で、ブラックジャック先生に「治してやるが、5,000万円だ!」って言われた気分である。

 

 

 

 

 

いち日のうちに度重なった、泣きっ面にハチともいえる災難の数々。
閉まらないドアを運転する恐怖を皆さんは御存知だろうか?
シートベルトでドアを縛りながら運転する不安さを果たしてご想像いただけるだろうか?

 

 

icsunonove21人間追い詰められると、なんでもするんだなあと思ったのはこの時だ。
グラスボートよろしく、自分のお尻の下までオープンカーになった愛車。走りながらバタバタと突然開こうとするドア。

 

文字通りビビりながら走っている帰路で、目に入ってきたのは整備工場隣接型の国産車のディーラーだった。忙しそうに作業服の工員さんが作業をしている。気のせいか塗装ブースがやけに目立つ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっと目があったんだろう、彼らと。たぶん。美化されていると思うが、私はそのままハンドルを切り、その工場に突入した。

 

 

 

あまりの惨状のX1/9は、瞬く間に工員に囲まれた。するとそこの責任者である専務さんがでてきて、

開口一番「少年どうした!」と。
嘆願するような顔だったんでしょうね。これまでの経緯を説明した。

こんなクルマ捨てちまえ!(そこまでは言われてない)とか、いくら金を積まれてもやらん!とか言われたと泣き言とも告げ口ともとれるような話をした。
その間、板金工のおじいさんたちが、閉まらなくなったドアや、腐りきってるフロント周りを見て腕を組んでなにやら相談している…。

 

 

 

 

 

 

 

そんな光景を横目で不安に思っていた私の口から出た言葉がこうだ。

「すみません、お金ないんスけど、このクルマ全塗装してくれませんか?」

「いくらあるんだ?」

「20万くらいで…。できれば。あ、バイトしますんで、もうちょっとは出せるかと…。」

 

 

 

 

 

 

しばし私を見つめつつ、工員さんたちに何かを指示していた。

「…。ちょっとよく見てみるから、まずは中で麦茶でも飲んで待っててくれ。」

今じゃ懐かしい国産車のディーラーで、お茶を飲んで待つこと30分ほど。

すると、専務さんがこう言った。

 

 

 

 

「あんた、このクルマのことが本当に好きなんだな。気は心だ。とにかく、ひきうけてやろうじゃねえか。とにかくできるところまでやってやるよ。」

 

 

 

 

icsunonove14かくして、天然マットブラックのX1/9は、当時のBMWの純正色「ヘンナレッド」(やや朱色がかった赤)に生まれ変わり、街の視線を集めるまでに至った。(もちろん大げさ)

 

 

 

 

 

いま思い出しても泣きそうになる。ありがとう池田自動車!ありがとう池田専務!

 

それではまた近々!

 

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.086 訳ありのクルマ

icsunonove15そんなにX1/9で引っ張って良いのか?と思いながらも、せっかくなので続けたい。

前号ではかつてのイタ車アルアルである、塗装を剥がしてみると鉄がなかったというところまでお話した。

 

 

 

そう。フロントのかなりの部分が腐っており、事実上パテ(充填剤)のみで形成されていたのだ。まあ、購入価格を考えれば仕方ないと自分を慰めつつも、間違いなくその事実に直面した日からというもの、いろんなことが手につかなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いっそ、プロに頼んでレストアするか…。

 

 

 

 

当時多くの欧州車のレストアで有名だった板金屋さんがあったので、そこにまずはあたってみた。すると。

 

 

 

 

 

 

icsunonove19

写真と本文は関係ありません

「お、ワンナインね…。どーしたの?」
「いやー、かくかくしかじか…。」

「…。知ってるよね?水没車。」
「へ? なんすか? 僕のは水没してませんよ…。たぶん…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいや、ちょうどこのクルマくらいの年代のでアメリカで水没したとかいうのが多数日本に持ち込まれて流通したんだよね…。(結論としてはウチのX1/9は水没車ではなかったが)

などと、出会い頭の一発を喰らいつつも気を取り直して、ざっと状態を診てもらうと、これまた意外なお言葉が帰ってきた。

 

 

 

「おにーちゃん。悪いことはいわねえ。このクルマ諦めな! いくらもらっても仕事はやってやれねえ。悪いな!その金でしっかりしたボディのクルマ買い直したほうが早いぜ!」

文字通りガーン!である。

聞けば直せないほど腐っているというのだ。フロントだけでなく、フロアからなにから、しっかりと腐っていると。

 

 

 

 

 

 

icsunonove17あまりのショックに呆然としたのを今でも覚えているが、ホイールだのなんだのと結構な投資もしていたので、どうにかしたい一心だったので、帰りの道中、いろんなお店でX1/9を物色してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それを聞いていたのか、不思議な事が立て続けに起こったのだ。
まず、その道中何かがフロア下にぶつかり、こぶし大くらいの風穴が空いた。

泣きそうになり踏切で突然のエンスト。いつもなら誰もが無視するのに、周りからヒトが集まり、押してくれるという。ハンドルを握りつつ踏切を越えると、今度は低く突き出た杭にドアがぶち当たり、閉まらなくなった…。

 

 

 

 

 

「まあ、これでいいんすよ。僕、捨てられるんスよね…。」

その時黒いX1/9がそう言っているように思えて仕方なかった…。

 

つづく

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.085 ボディは鉄だったはず…。

icsunonove02自分はなぜイタリア車に乗っているのか?

ポルシェに乗る友人に引け目を感じたことも、スカイラインGTRがすごいと思ったことも、蛇のマークの赤い車が羨ましいと思ったことなど一度もない。じつに哲学的な理由から、もう一度なぜX1/9に乗っているのかを考え直すきっかけがあった。

 

大事にメンテをして、納車のころからすると比較にならないほど調子よく、軽快に走ってくれるX1/9を洗車しているときにふと思ったのだ。

「塗装が良ければコイツはどんだけカッコイイのだろう…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

icsunonove04本国にはLidoなるオシャレなスペシャルバージョンがある…。
初期型に戻す改造がイカしている…。
よく見ればやっぱりニキのX1/9は初期型じゃないか…。
菊池武夫がFIATのカタログで褒めてるじゃん(粗い情報)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこそこ遊んでいた私は、そんなイタリア車が小汚いままというのが、許せなくなっていた。ワーゲンやらアメリカンな感じのクルマならともかく、やはり小洒落たイタ車が見た目が汚いのはいただけない…。

 

 

 

 

なによりそのまま乗っているとむしろベルトーネの人たちに失礼だ!
そう思った私は、機関の整備よろしく、すぐさま一念発起で自分で塗装を試みることにした。元色は黒だし楽勝(とことん無学〜実際は黒が最も塗装が難しい)だろう…。と思い、ソレナリの投資をして塗料やパテ、工具などを買い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

icsunonove13気持ちを後戻りさせないためにも、当時のX1/9のオシャレ第一歩として常識だった、クロモドラ社のマグネシウムホイールCD30も購入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな儀式も終え、ついに塗装を剥がす段になった。とにかく、初めてヤスリをかけるときがあれほど緊張するものかと今でも思い出される。
慣れるとゴシゴシと調子も出てくるのだが、どうにも様子が変だ。

なかなか鉄が出てこないのだ。
やたらグレーのパテが多いなと思ったら、フロントのエンブレム周りがすっかり腐って鉄自体が存在していなかったのだ…。

嫌な予感しかしない時というのは、実にいろんなことを瞬時に考えることができる。

こいつ、腐ってないか?

 

初めての愛車が文字通り色あせて見えた瞬間だった…。

 

つづく。

 

A prestissimo!!

 

Vol.084 いじる楽しみを知る

icsunonove01買う前に勉強すべきだったのだろうが、購入前に少しだけ引っかかっていた「ニキのX1/9との違い」について真剣に考えるようになってきていた。もちろんハンドリングはピカイチだったのだが、いくら1500のシングルカムとはいえ、実にトロかった。とにかく遅かった。最高速こそ、じっくり待てばそれなりの速度が出たが、スポーツカー然としたその姿からはまったくもって期待はずれの俊足ぶりだった。

CGをはじめいろんな本を読んでも、まあ、そんなに悪いことは書かれていないX1/9がヨーロッパ仕様と日本に入っていた北米仕様では見た目もエンジン性能も全く違うということに、ほどなく気づいたのだ。少なくともわたしの美的センスには初期の1300の方がかっこよく見えたし、10%も排気量が少ないのに、欧州仕様のオリジナルが馬力が上ってどういうこと?と疑問をもつようになった。

 

 

そう、私のエックスワンナインは、いよいよ「チューンアップ」の世界に足を踏み入れることになるだった。

 

当時、現行品で買えたイタ車は、フェラーリなら328。テスタロッサ。マセラティは大ブームになったビトゥルボシリーズ。アルファ・ロメオはスパイダーと75。ランチアはデルタ・プリズマ&テーマ。フィアットはウーノにリトモアバルト130TC。そして大人気のアウトビアンキA112アバルトなどであった。

 

 

 

icsunonove09そんなクルマたちが新車中古と売っている場所では、まだまだX1/9の純正エアクリーナーくらいは買うことができたので、はじめて足を運んだときのことだった。

「X1/9の1500のエアクリーナーエレメントくださいなー」

 

 

「はいはい、あー、純正なんだ…。」

 

 

 

icsunonove12ちょっとカチンと来た。目に入ったのは店内にある変なお弁当箱のようなエアクリーナー。どうにもわざとらしいサソリのマークが入っている。

 

 

 

その時はじめて、エアポンプやEGR関連のパーツをはずし、ゆくゆくはキャブやカムシャフトやピストンを換えれば、エックスワンナインも結構走るよという情報を掴んだのだった。当時はネットもない。そう簡単にマイナー車種の改造情報などは手に入らない。そんな時代だ。週末に「諸先輩方が集まる場所」ではまさに目からウロコが落ちた。

 

 

 

 

 

そこからは、とにかく四方手をつくしてチューンに詳しいショップを探し、通うようにした。バイトもした。

 

 

 

それにあわせるように、クルマも私に試練を与えてくれた。

ガソリンタンクに砂が入るとフィルターがつまり、キャブにガソリンが行かないとか、砂がキャブのジェットに詰まって具合が悪くなるとか、ショックが抜けるとあーだこーだ、キャブの口径を大きくしたって、他がそれに応じていなければまったく金の無駄だとか、良い工具じゃないと重整備で大怪我をするとか…。

とにかく、いろんなことを学んだ。
遅い車を早くするためにいろんな学術書や技術関連の本を読み、ショップに出向きメカのオッサンに怒られ、お金持ちのオーナーさんから色んな情報や聞いたり学んだりした。殆どの整備を自分でこなせるようにはなっていた。

しかし、楽しい時間あっという間だ。次なる試練が私を襲う…。

 

つづく

 

A prestissimo!!

Vol.083 FIAT X1/9

icsunonove06イタリア車っぽくない黒く、それもいまでこそ当たり前なマットブラック塗装(もちろんクリアが飛んでしまい、表面はガサガサになっていただけの天然マットブラックだ)のイカしたシャープなデザインのエックスワンナインはかくしてマイ・ファーストカーとなった。(写真は当時まだ新車で手に入ったベルトーネ名義のX1/9)

 

 

 

 

1170mmと世界屈指の低車高。ウエッジシェイプの直線的なデザイン。
3969mmの全長に1570mmというスリムな車幅。

 
icsunonove10つまり小さいクルマだ。ツーシーターだから当然だろうが、それにしても小さいクルマだった。ダンプトラックの隣にいくと、それこそ下をくぐれそうな勢いの小ささだったが、ミドエンジンのために空いたフロントには巨大なトランクスペースがあり、その後の故障対策のための様々な部品や工具が難なく収まった。さらに、エンジン後方にも小旅行用のボストンバッグくらいなら難なく入るトランクがあったのだ。

 

 

 

 

icsunonove23ご存じの方も多いと思うが、X1/9はタルガトップ。10キロあったかというくらいの重さのルーフがレバー2つで簡単に外すことができ、それを巧みにフロントボンネットの下に入れることができた。しかもトランクスペースを全く減らすことなくにだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生の私は、とにかくこのクルマであらゆるところに出かけた。

それこそ夜の街から、学校、スキー板を積んで山に出かけたり、海や釣りやと、大活躍してくれた。

 

 

 

 

私の1980年型は、後に知ったことだが、アメリカの衝突基準をクリアするための通称「5マイルバンパー」が装着されており、さらに排ガス規制をクリアするためのまったく効いているのか効いていないのか不明な補機類が山ほど追加されており、小柄でシャープな姿からは想像もつかないほど、実に落ち着いた、鈍重な運動性能を誇っていた。

 

 

 

 

 

一通りの車の構造は小さい頃から把握していたが、自分の車としてイジることができたのはこの車からで、メンテからトラブル対応までありとあらゆることをやった。
その中である時エアクリーナーを交換する時期が近づき、出向いたとあるショップから以後の泥沼が始まったのだった…。

 

つづく

 

 

A prestissimo!!

 

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