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Vol.174 一体何だったんだ2020

早いもので、2020年ももうおしまい。
いつまでたっても、このセリフが年末の常套句なわけだが、今年こそこの言葉がぴたりな一年だった。
人類的にも未曾有の損害を被り、かつこれまで経験したことのないことだらけの一年だったわけで、まったくもっておかしな一年であったことは間違いない。

不思議と身の回りに感染者が出なかったせいもあって、正直実感が沸かないが、それでも日々更新される感染者の数を見るにつけ、やはり不安になるのは仕方ない。

何をもっても、罹患された方の一日も早い全快を祈るばかりである。

首都高速道路を走るとTOKYO2020の文字が至るところに見られるし、新築された国立競技場周辺などを散歩すると、やはり、来るはずだった盛大な宴に思いを馳せらずにはいられない。

 

来年21年はコロナは収まるのだろうか?
オリンピックはやるのだろうか?
米国大統領は本当にバイデン氏になるのだろうか?

先は見えないが、とりあえず元気があれば何でもできるを胸に刻みつつ、健康第一で過ごしたいと思うばかりである。

それでは、今年も一年ご愛読ありがとうございました。
また来年!

Buon Natale, Buon anno!

Vol.172 今度はぴゅあぴゅあ言いはじめた

歌は世につれ世は歌につれ
なんてことも言いますが、もちろん言葉も同様。
時代時代で流行りの言葉もでてきます。

ガチだとリアルだの、エモいだの、いろいろ心当たりはありますが、これは世界中どこでもおんなじこと。
車の世界だってGTがいいとなれば、あっという間に世の中GTホニャララに変わりましたし、RSだなんて言われれば、Renn SportだRacing Specialなんて当然なアナグラムから、まさかのRoad Sailingだなんて名前まで出てきたりします。

では最近の流行といえば、Pureかもしれませんね。
フェラーリからはPurosangue(プーロサングエ〜純血とか正統血統とかそういう生粋感を意味する)
ブガッティからはシロンのPur sport(ピュールスポール〜純粋スポーツ)

なんてのが出ています。
フェラーリの場合は初のSUVですから、「こんななりでも純粋に跳ね馬っすよ!」という精一杯のエクスキューズが見て取れます。

ブガッティのは、「今までのは何やったん?」と聞くのは大人ではないでしょうね。

まあ、各社スーパースーパーって言い続けたツケがここに来て出ているんでしょうが、ピュア系もそうは保たないでしょうから、いずれは「倍ダブチ」のように、倍とか三倍とかいうんでしょうか。
電動化で、一気にパフォーマンス戦争も核戦争並みに無意味化が進んでいるので、いったいこれからどうなるのか…。

 

それではまた近々

 

A prestissimo!!

Vol.173 フュージョン文化のニッポン

つい最近の投稿でも、日本の80年代POPSが大流行の兆しなんて話をしていましたが、その勢いはますます広まりつつあり、テレビにも懐かしの歌手が顔を出すようになってきました。

 

 

当時をリアルタイムに経験している人間としては、ごく一部のアーティストを除けば、当時のダンスミュージックやソウルの完全コピー的なものが多く、正直嘲笑的なスタンスをとっていましたが、今となっては微笑ましい限り。
豪華なオケやバックコーラスなど、最近のPOPSではあまりみられないゴージャスさもウケている要因なのかもしれませんね。

それでいうと、自動車業界も同様で「これどっかで見たことあるなあ」というデザインが横行していたり、無意味なゴージャスさが昔の日本車にはありました。それもこれも日本ならではのフュージョン文化の典型なんでしょうね。

 

そういう意味では、日本の製造業がモノマネにせよオリジナルにせよ、なんだか話題にのぼるような製品が出てきていないのは実に寂しいことだし、むしろ危機感を持ってしまいます。(もう遅い?)

電気になってしまうなら、日本は一時代を電化製品で築いた国だし、馬鹿げた事も含めて、どんどんコンセプトカーやデザインを出せばいいのにと思ったりスのは私だけ?

どうせショーやれないんだし、イタリアの熱血ランチアファンのように、フルCGのレンダリングデータだけでも出せばいいのに。

フュージョンのみならず妄想ってのも日本のお家芸だと思うのだが…。

 

それではまた近々

 

A prestissimo!!

 

Vol.171 2030年問題

あと10年。まだ先のような、もうすぐのような…。
いよいよ新車でのガソリン車が市場から消えるらしい。
どうにも実感がわかないし、この10年で街中や高速道路上に充電施設ができるのだろうか?

いまでも、駐車場に順電施設があるところがあるが、ごめんなさい。正直、コンセントにつないでいる自動車ってとってもダサい感じがします。なんかとっても間抜けな感じがしますが、それもいつしか慣れるのでしょうかね…。

ダサいダサくないは、まあ個人の見解なんでそんな事はどうでもいいのですが、基本急速充電を行なうEVですが、果たして、例えば20台30台の電力供給なんかできるんだろうか?
羽田空港の駐車場は全車充電対応になるんだろうか?

新幹線のスマホ充電でさえ、窓際だけなのに…。(ちなみに欧州は随分前から基本指定席は全席充電ソケット対応)

まあ、電話とクルマじゃ次元の違う話ですが…。
化石燃料云々の話が常に出てくるし、ウワサによるとあと20年ほどで、地球の石油は枯渇するとかしないとか。
ウワサの新型バッテリーができれば、随分と様相は変わるのでしょうが…。

ホントに今から、フル電化の準備しないと20年後に間に合わないんですかね?

みんなでやるなら、キチンとした情報提供してもらわないとと思うのは私だけ?

 

それではまた近々

 

A prestissimo!!

Vol.169 さよならエディ

音楽関係の話の連投であるが、70年代後半から80年代にロックが好きで青春時代を過ごした方々には衝撃のニュースだったと思う。

エディ・ヴァン・ヘイレンが亡くなったのだ。享年60歳。

お茶の間レベルの話をするならば「JUMP」という曲が世界的なヒットをし、現在の日本のバラエティ番組などでも、飛ぶシーンなどがあるとよくもまあこんなにワンパターンというくらい、このジャンプという曲が流れる。

丁度パンクムーブメントが下火になりつつあり、テクノが流行りというタイミングで、NWOHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ヘビー・メタルの略)という新たなハードロックの流れが、イギリスを中心に沸き起こった70年代後半の1978年。ヴァン・ヘイレンなるあまり聞き慣れない名前のバンドがアメリカでデビューした。

 


お世辞にもオシャレとは言えないそのファーストアルバムのジャケットは、レコード屋でもさほど魅力的に見えなかったのをよく覚えているが、ギターを始めようというころ、それは間違いだと気付かされた。

いよいよ終演を迎えているような元気のないLed Zeppelinの新作よりも、このアルバムからシングルカットされたYou really got meという、さらに大昔の曲のカバーが、実に新鮮でかっこよく聞こえたのをよく覚えている。

なんせ、ギターが違う。聞いたことのない音だった。さらにアルバムを聞いて古い表現だがまさに「ぶっ飛んだ」。世界中が衝撃を受けたプレーが満載のこのデビューアルバムはまたたく間に若者の間、特にバンドをやっていた人間たちを虜にした。

 

まだエレキギターが買えなかった私も、懸命に雑誌の記事を読み漁り、プレイのコピーに勤しんだが、まあ、頑張っただけで、そのプレイの領域には程遠かった。

細かく回顧録を書くと何文字あっても足りないので、ここまでとするが、同世代の人間は日本のみならず、アメリカでもヨーロッパでもまさに世界中のティーンズがエディ・ヴァン・ヘイレンのプレイに酔いしれた。

80年代初頭まではまさにギターヒーローといえるようなタレントたちが、綺羅星のように輝いていたが、それをジェネレーションギャップと言われると反論の余地もないが、その後は全くといっていいほど際立つ個性を持ったスターは現れていない。

エレキギターの歴史はわずか70年ほど。ロックとなるとさらにその歴史は短い。だが、その中で最もそのプレイの新しさで世界を変えたという意味では、27歳でこの世を去ったジミ・ヘンドリックスと、今回なくなったエディ・ヴァン・ヘイレンをおいて他にないだろうし、そこに異論を挟むものはいないと思う。

 

訃報を聞いた時、本当に走馬灯のように当時のことを思い出し、個人的に最も好きなアルバムを引っ張り出し、再びギターを弾いた。ここ数年はがん闘病に苦しんでいたのは知っていたが、いざ亡くなってみると本当に寂しい。

あらためて冥福をお祈りしたい。
R.I.P.

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.170 今度はディエゴが…。

世代なのか…。
エディ・ヴァン・ヘイレンに続いて、今度はサッカーの大ヒーローがこの世を去ってしまった。
アルゼンチン永遠の10番、ディエゴ・アルマンド・マラドーナ。

近い世代なので、彼の全盛期を常に目の辺りにしてきたが、今でも大好きなサッカーにおいて、やはり彼ほどのインパクトを持った選手に出会ったことがない。

まさか今ほど世界中のリーグで日本人が活躍するなど、夢にも思えなかったあの頃。せいぜいNHKかテレビ東京の番組でしか海外サッカーなど取り扱わなかった時代だった。

マラドーナの伝説は今またここで書いても仕方がないので、詳細は他に譲るが、あまりにスゴいそのプレーは、実況のアナウンサーが期せずして伝説の名実況と後に呼ばれてしまうほど神がかっていた。

かくいう私も86年のW杯の準々決勝の対イングランド戦は生で観ていた。
翌日の高校の運動場にいったい何人のマラドーナが、自己実況でプレーをしていたかわからないほどだった。

ライブであの瞬間も見られた幸せは、本当に宝物だと思っている。

時は流れ2002年の日韓共催W杯の時は、グループリーグ突破があやしいアルゼンチンを励ますために、ディエゴが仙台のスタジアムに来るとの噂を聞きつけた私と友人は、大枚をはたき会社をさぼり、仙台の対コロンビア戦を観に行った。そこには、かつて衛星中継で名物おじさんとされたディエゴのTシャツを来たオヤジもおり、酒を飲みながら談笑をした。

曰く「俺の誇りはあの日あの時アステカスタジアムに居られたことだ」と。

いいこと言いやがる。

ちなみに、もちろんディエゴは来なかった。

サッカーレジェンドといえば、ペレかマラドーナかと言われるほどの2大巨頭だが、その一角が早々と居なくなってしまった。

 

すっかり丸々としてしまい、往時のたくましさが亡くなって久しいマラドーナだったが、トラウマのように刻まれた彼のプレーは永遠にわたしの脳裏に焼き付いている。

またしてもR.I.P.を言わねばならない。
あの世でまたスゴいプレーを見せてください。その節はよろしくおねがいします。

 

A prestissimo!!

 

Vol.168 40年という時間を考える

©リットーミュージック ギター・マガジン2020年12月号表紙

以前にもこちらで紹介したことがあると思うが、老舗音楽系出版社、株式会社リットーミュージックさんから出版されている「Guitar Magazine」という雑誌がめでたく40周年を迎えた。

創刊号から知っているという点で、改めて自分の年齢を振り返ってしまったが、それでも出版不況、音楽不況などといわれながらも40年という長きに渡り最前線で活躍されている同志の関係者に本当に賛辞を送りたい。

リットーさんからそう遠くない場所で働いていた私だが、最初の雑誌はもうこの世に存在していない。今を持って先輩方の素晴らしい仕事と、楽しかった職場を思い出すのだが、それでもいなくなってしまったことは事実。

やはり「存在し続けてこそ」ということなのだろう。

 

コロナ禍により、音楽を新たに始める人、長年遠ざかっていた人が戻ったりしたりと、楽器もよく売れていると聞く。かくいう私もその出戻りの一人だが、ネットにいくらでも動画だろうが情報だろうが転がっている昨今だが、それでも40周年記念号を買ってよかったと改めて思っている。

 

記憶をなぞるという行為はやはり、「手に持てる何か」でこそなし得るのだと痛感した。

ぜひ、その40年という時間の長さをみなさんも手にとって実感してもらいたい。なお、わたくしは同編集部に一切の知り合いはおりません。単なる読者です。本当に素晴らしい雑誌なので皆さんにご紹介したく思った次第です。

 

それではまた近々。

 

A Prestissimo!!

Vol.167 若者のクルマ回帰

もう12月だというのに、いったいいつになったら…。

再び感染者が増える東京であるが、都内の車の数は、少なくともコロナ前よりも日々増えていることはここでもご紹介したと思う。

身の回りの知り合いでも新しくクルマを買ったという人間が増えているし、ついぞランチなどをしていると、若いビジネスマンたちがクルマの話をしているのを非常によく耳にする。これは本当に嬉しい。

どうしてもこの業界が長いせいか、ここしばらくの車に関わる暗い話題ばかりで、何より若い子たちが無関心というのが内心一番傷ついていたが、ここにきて本当に救われた感じがする。

何よりコロナ禍が一日も早く収束してくれることを望んでやまないが、来年の春以降、マイカーが増えてくれることを祈る。

 

イタリアもフランスも感染者が増え、このままでは経済自体が崩壊しかねないのではと感じる今日このごろ。日本もそうならないようにできることからコツコツとやっていくしかないのかなと思う今日このごろである。

 

それではまた近々

 

A prestissimo!!

Vol.166 「甘ったれ」を許さない風潮への回帰

今回はクルマではなくて映画の話。
大人の事情でビジュアルは割愛させていただく。

昨年春からアニメ化されて、徐々に火がつきコロナ禍の影響による「おこもり」も追い風になったのか、異様にコミックスが売れ1億部突破。
ついで、10月16日から封切りされた映画がなんと3日で46億円の興行収入だという。

 

 

吾峠呼世晴さんの「鬼滅の刃」は、完全に社会現象になっている。
いまや検索で「ごとうげ」くらい入力すれば、この難しい漢字がサラリと出るほど、一般化しているのはいよいよ本物だということだろう。作品の細かい内容については各々お調べいただくとして、ちょっとだけこの作品について語りたい。もちろん個人的な意見ではあるが…。

というのも、こと映画やアニメーションといったエンタメ作品をみるにつけ、なぜかいつの間にか日本は「やさしさ」ばかりを尊重する世の中になっていた気がしていた。それは海外から見ていてもとても顕著で、およそ厳しさというものとはかけ離れた、実に偏った、気持ちの悪い価値観ばかりが尊重されていた気がする。

子どもたちが喜ぶゲームや漫画、アニメも多くの場合「友情」「やさしさ」といった耳障りの良い部分ばかりが強調されていて、とてつもなく甘い、ともすると食傷気味にさえなることも少なくなかった。

もちろんこの鬼滅の刃も友情ややさしさが沢山感じられるものだが、鬼だの滅だの刃だの、物騒な言葉が並んでいることからも想像がつくように、物語の背景は壮絶かつ熾烈、おどろおどろしくも残酷だったりもする、十二分にホラーな作品なのだ。

では何が、ここまでの大ヒットにつながっているのか?
それは、甘いたべものに塩を振ることでより甘さが際立つように、この作品の塩の部分である、厳しい言葉や姿勢、犠牲の精神にこそ最大の魅力があるように感じてならない。

守るから…。なんて言葉が随分とあたりまえになった日本に、本当に気持ち悪さを感じていた人間としては、この作品の冒頭部分に出てくるあるシーンに思わず拍手したくなった。

 

コロナ禍で浮き彫りになったように、世の中甘いことばかりではない。世界情勢を見ても、実は平和なんてものは砂上の楼閣のような脆さがある。
しかし、綺麗事では済まされないのも事実であり、多少の犠牲すらいとわない決意すら必要であることを世界中の人々は痛感しているはず。そうした時代背景も今回の映画の大ヒットにつながっているのかもしれない。

今回封切りされた初の映画化編「鬼滅の刃 無限列車編」は、泣ける映画として広まりつつあるのだが、それは決してスイートな「お涙頂戴」ものでは決してなく、ある種とても昭和のど根性モノにもつながる、叱咤と激励にも近いものからくる「感涙」の類であり、それを表現している制作陣と、声優たちの力作と言えると思う。

美しい映像とともに、非常に楽しめる映画である。
お子様がいてもいなくても、足を運ぶ価値はあると思う。

 

それではまた近々。

 

A prestissimo!!

 

 

Vol.165 クルマの時代ふたたび

このコーナーでもずーーーーーーーっと叫び続けていたが、日本の車離れは他の国と比べても顕著で、それは人のせいでなく、メーカーのせいだと言い続けてきた。
つまり、車離れではなく、メーカーによる若者無視だと。
しかし、まったくもって突然訪れたCovid-19によるコロナ禍で、事態は一変した。

東京のど真ん中でさえ、車に乗る人は増え(公共交通機関を嫌う人も増えた)、高速道路にも出張などの従来新幹線移動していた人たちによるクルマがかなり増えた。

 

 

 

何より平日も休日のようにレジャーに足を運ぶ家族連れが増え、クルマの需要も実際増えているという。

中でも気になるのが、若い子たちのクルマ利用である。
レンタカーやカーシェア(しかも一日乗るのにわざわざ高いレンタカーでなくシェアを使う気がしれないが…。)が増え、また中古車を買い求める若者も増えているという。

 

 

 

 

また、クルマと真剣に向き合う時間が増えたことが原因なのか、やはりデザインのいいクルマに目が向いているのも事実のようだ。

実際、都内や近郊、箱根などに「ちょっと古い」角張ったクルマやオープンカーに乗る老若男女が目立つ。

 

 

 

 

じっくりと趣味や、興味関心のあることに集中できる時間ができたからなのかもしれない。その点においては、とても本質的な価値に立ち返っているような気がするし、少しだけ日本人が健全になったのかもと思えるようになってきた。

これではやくコロナ禍が過ぎてくれれば言うことがないのだが…。

 

それではまた近々。

 

A prestissimo!!

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